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Project 03

太陽光発電事業

千葉県初のメガソーラーは、
こうして誕生した。

千葉県初のメガソーラーは、こうして誕生した。

鈴木 達也

株式会社新昭和 取締役 特建事業本部長。太陽光発電事業の立ち上げを推進。1983年新卒入社。

小林 力

株式会社新昭和 特建事業本部 特建技術部 環境技術課長。太陽光発電設備の設計、調達を担当。2012年中途入社。

明石 雄豪

株式会社新昭和 特建事業本部 特建営業部 特建営業課。営業として主にインテグレータ事業を担当。2012年中途入社。

エネルギー問題でも、
この国の力になりたい。

 

「きっかけは東日本大震災でした。被災者支援のため、福島の会津若松に2×4の仮設住宅を100棟つくることになったんです」

そう話すのは当時、購買部長を務めていた鈴木だ。わずか20日で工事を完了させ、福島第一原子力発電所の事故で帰宅困難となっていた被災者の方々に入居いただいたという。

「冬場は零下20度にもなる地域ですが、とても暖かいと評判になったんです。喜んでいただけて本当に嬉しかった。個人的にとても印象深い出来事でしたね。それ以来、社会貢献をより強く意識するようになりました」

メガソーラーへの挑戦が決まったのは、そんな矢先のことだった。福島第一原発の事故により、電気の供給不足が社会的な問題になっていたからだ。環境負荷の低い自然エネルギーへの転換も叫ばれていた。社長の松田が号令をかけ、購買の業務を通して太陽光発電にも携わっていた鈴木に白羽の矢が立った。

 

 

「エネルギー問題を解決したいという使命感から、私もすぐに動き出しました。まずはプロジェクトを推進するメンバーが必要です。その頃、住宅用の小規模な太陽光発電のノウハウはありましたが、メガソーラーの経験なんてありません。そこで、外部のスペシャリストの力を借りることにしました」

鈴木が声をかけたのは、当時、太陽光発電の会社で営業を担当していた明石だ。「これからメガソーラーの新規事業を立ち上げるから、一緒にやらないか?」そんな誘いに応じ、明石はこう返答した。「ぜひお願いします。ただ、営業1人の力には限界があります。同じチームの設計担当も、一緒に連れていっていいですか?」

こうして営業の明石と、太陽光発電システムに精通していた技術の小林が仲間に加わった。メガソーラーという未知のプロジェクトは、たった3人のチームでスタートした。

 

ベンチャースピリッツで、
道なき道を切り拓け。

 

最初の取っ掛かりは、千葉県の新エネルギー活用推進プロジェクトへの応募だった。新昭和には自社で保有する広大な土地がいくつもあった。その中には、住宅用地としては不向きなものもいくつか含まれていたと鈴木は言う。

「当時は何にも使えない土地。でも今になって振り返ると、金の卵でした。その未利用の社有地にメガソーラーを計画し応募したところ、千葉県の重点支援プロジェクトに選定されたんです。その結果、条例の整理など行政からの協力が得られるようになり、だんだんとメガソーラー開設が見えてきました」

 

 

とはいえ、そこに至る道の険しさは尋常ではなかった。メガソーラー自体が当時、日本国内に浸透していなかったからだ。大手のプラント会社くらいしか手を出せていない状況で、売電先となる電力会社ですら、電気の接続手続きに慣れていない時代だった。大型発電設備の選定や調達ではだいぶ苦労したと、設計を担当した小林は言う。

「『新昭和? 住宅をつくる会社が、なんでメガソーラーやるの?』と不思議がられて。メーカーからはなかなか取り合ってもらえませんでした」

申請関係の煩雑さを挙げたのは営業の明石だ。

「前職でも産業用の太陽光発電を提案したことはありました。それでも、あまりに規模が違いますから、土地の申請ひとつをとっても、右も左もわからない。外部の会社に相談して必死に勉強しながら、一歩一歩進んでいくしかありませんでした。しかも、社内の既存事業のインフラ、例えば積算システムはあくまで住宅向け。メガソーラー関連の見積書も手計算しなければならなかったんです。本当にゼロからの挑戦でした」

 

「新昭和? あのメガソーラーの会社ね」

 

2012年10月、晴れやかな青空のもと『メガソーラー市原発電所』の開所式が行われた。3人で道なき道を切り拓いてきた苦労が結実した瞬間だった。鈴木は感慨深げにこの日を振り返る。

「前日は台風で大荒れでした。これはマズいぞと。ところが蓋を開けてみると、風も雨も止んで太陽が顔をのぞかせている。奇跡が起きたと思いました(笑)」

セレモニーは予定通り、森田健作・千葉県知事(当時)出席のもと開催され、ファンファーレが鳴り響くなか、メガソーラー運転のスイッチが押された。その様子は報道機関各社によって広く配信されることとなった。

 

 

その後すぐに第2号として『メガソーラー木更津発電所』を開所し、自社保有のメガソーラーを次々と増やしていった。さらに、今度はサプライヤーの側へ回り、メガソーラーを保有したい企業の支援にも挑戦することになった。システムインテグレータ事業である。すると、予想を上回る引き合いをいただくことに。「千葉県初のメガソーラーを新昭和が開所」。この実績は効果絶大だったのだ。特に、苦労を重ねてメガソーラーを自社保有した経験が大きかったと小林は話す。

「直接設計を担当してメガソーラーをつくった人間が提案するから、話に説得力があったんだと思います。実際に成功した設計思想を、その場で生き生きと語れるわけじゃないですか」

社外からの問い合わせも一気に増えた。明石は、潮目の変化をはっきり感じたという。

「当初は会う方、会う方が半信半疑でした。『太陽光発電に投資しても大丈夫なの?』という感じで。ただ、いくつかの発電所で実績を上げはじめると状況は変わりました。特に効果的だったのは、市原発電所の敷地に展望デッキを建てて説明会を開いたときです。デッキからは、眼下に太陽光パネルの設備を一望できます。すごいインパクトだったんでしょうね。翌日からたくさんのお引き合いをいただくようになりました」

 

 

自社発電所とシステムインテグレータ事業という両輪により、太陽光発電事業はぐんぐん成長していった。初年度は計画の5倍の売上を達成。2年目、3年目の売上も計画を大幅に上回った。この躍進により、周囲からの見る目が変わったと、鈴木が誇らしげに言う。

「以前はハウスメーカーのイメージでした。それが今では、『新昭和といえばメガソーラー』と言う人までいる。こちらも驚くくらい、大きな事業に育てることができました。日進月歩で新たな技術が生まれるこの分野で、再生可能エネルギーのニーズは増え続けている。私たちにできることはまだまだたくさんあります。

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